こんにちは、KENGOです。
先週は、【革ジャンを20年着て気づいた5つのこと】といったテーマの記事を書きました。
その中でも少し触れたのですが、20年も革ジャンを着ていると、ふと考えることがあります。
「そもそも、なんでこんなに革ジャンが好きなんだろう?」

こんな真夏でも、当たり前のように革ジャンを毎日眺めています(笑)
でも改めて考えてみると、「なぜ好きなのか」を完璧に説明するのは意外と難しい。
そこで今週は、少し趣向を変えて『なぜ人は革ジャンに惹かれるのか』というテーマについて、自分なりに考えてみたいと思います。

様々なファッションアイテムがあふれる中で、なぜ革ジャンだけこれほど特別な存在になっているのか。
20年以上革ジャンと付き合ってきた僕なりの仮説について、あれこれ綴っていきたいと思います。
ぜひ最後までチェックしてみてください。
革ジャンには「時間軸」がある

革ジャンの一番面白いところは、“買った瞬間が完成ではないこと”だと思っています。
もちろん、新品の革ジャンも格好いい。
むしろ買ったばかりの革ジャンには、新品にしかない魅力があります。
でも、そこから着込んでいくことで少しずつ表情が変わっていく。

シワが入り。
革が馴染み。
色味が変わる。
そして、自分の体型や着方に合わせて少しずつクセが付いていく。
僕は革ジャンが面白いのは、“時間軸があるから”だと解釈しています。

例えば、買った時点では80点だった革ジャンが、時間をかけることで100点になる。
場合によっては、150点…200点と自分の中でどんどん完成度が上がっていくものです。
(購入時)
(着用3ヶ月)
もちろん、これは単純に見た目の話だけではありません。
その革ジャンを着て過ごした時間そのものが、一緒に積み重なっていく。
だから革ジャンには、他の洋服とは少し違った楽しさがあるのだと思います。
経年変化は「自分だけの一着」を作る楽しさ

革ジャンの経年変化が好きな人は、めちゃくちゃ多いと思います。
僕自身も大好きです。
ただ、単純に「格好良く変化するから好き」というだけではない気がしています。
そこには、“時間を共有している感覚”があるんです。

最初は自分が選んだだけの革ジャン。
でも何年も着ているうちに、自分の体型や生活が少しずつ刻まれていく。
袖には自分だけのシワが入り、よく触れる場所には独特の表情が生まれる。
そうやって、少しずつ「自分だけの革ジャン」になっていく。
どこか育成ゲームの感覚に近いのかもしれません。
時間をかけて変化していくものを見ていると、ちょっとした達成感があります。
だから僕は経年変化そのものだけではなく、そこに至るまでの時間も含めて楽しんでいるのだと思います。
革ジャンを着ると、少しだけ「自分らしく」なれる

革ジャンって、着るだけで少し気分が変わる服だと思っています。
少し格好いい男に近づけた気がする。
背筋が伸びる。
自然と所作まで意識する。
そして、なんとなく外に出たくなる。
僕自身、そういう感覚があります。
だから最近は、ちょっとした日常でも革ジャンを着るようになりました。

ショッピングモールへ行く。
コンビニへ行く。
友達と軽く飲みに行く。
もちろん最低限のTPOはわきまえますが、特別な予定がなくても革ジャンを着る。
昔は「革ジャンを着る=気合いを入れる」という感覚がありました。
今は少し違います。
“革ジャンを着ている自分が自然”
そんな感覚に近くなってきました。
これも、20年以上付き合ってきたからこその変化なのかもしれません。
こんなに面倒なのに、なぜ好きなのか(笑)

ここまで革ジャンの魅力について話してきましたが、冷静に考えると、革ジャンってかなり面倒な洋服です。

保管にも気を使う…
天候によって着づらい…
重い…
動きにくい…
冬でも意外と暖かくない…
かといって、夏はもちろん暑い…
挙げ始めたらキリがありません(笑)

普通に考えたら、もっと快適な洋服はいくらでもあります。
それなのに、なぜか革ジャンを選んでしまう。
これって「手のかかる子ほど可愛い」みたいな感覚もあるのかなと思っています。
完璧な洋服だから好きなのではなく、ちょっと面倒なところがあるからこそ愛着が深まる。
もしかすると、それも革ジャンの魅力なのかもしれません。
革ジャンには「物語」を重ねられる

革ジャンには、モノそのものだけではなく、その背景にも魅力があります。
例えばオーセンティックなブランドなら、長い歴史。
「どんな時代背景から生まれたのか。」
「どんな人たちに愛されてきたのか。」
そういう背景を知ると、一着の革ジャンが少し違って見えてきます。

一方で、僕が好きなドメスティックブランドには、デザイナーの思想や哲学があります。
「なぜこのデザインにしたのか。」
「なぜこの革を使うのか。」
そんな話を聞くと、プロダクトの見え方が全く変わってきます。

そして、そこに自分自身の物語まで重ねられるのが面白いところです。
「この革ジャンを買った時って、あの頃だったよな。」
「この時期、よくこれを着ていたな。」
そんな記憶が、一着の革ジャンに残っていく。
だから何年も経ってから袖を通すと、革だけではなく、その頃の自分まで思い出すことがあります。
革ジャンには、ブランドの物語と、自分自身の物語を重ねられる余白がある。
これも、他の洋服とは少し違うところだと思います。
革ジャンは「完成された服」ではない

ここまでの話をまとめると、革ジャンは少し特殊な洋服だと思います。
新品の状態で完成しているように見えて、実は完成していない。
着る人のライフスタイル。
ファッションスタイル。
過ごしてきた時間。
そういったものが少しずつ革ジャンに投影されていきます。

だから、同じモデルを着ていても、10年後には全く違う表情になっている。
それぞれの人生や生活が違うからです。
僕は、革ジャンって“自分が完成させていく服”だと思っています。
だからこそ共通の正解がない。
この自由さも、革ジャンに惹かれる理由の一つなのかもしれません。
結局、なぜ革ジャンが好きなのかは分からない

ここまで色々と革ジャンについて考えてみました。
時間をかけて育てられる。
自分だけの一着になっていく。
物語を重ねられる。
着ると少し気分が変わる。
面倒なのに、なぜか愛着が湧く。
たしかに、革ジャンに惹かれる理由はいくつもありそうです。
でも、「革ジャンって結局何がそんなに良いんですか?」と聞かれたら・・・
正直、僕もよく分かりません(笑)

きっと、言葉では全部説明できないんだと思います。
もっと感覚的なもの。
自分の潜在意識の中にある何か。
もしかすると、前世が関係しているのかもしれません(笑)

でも、強いて言葉にするなら、
革ジャンは、かっこいい。
そして、楽しい。
結局、それに尽きるのかもしれません。
だから20年以上経った今でも、僕は革ジャンを見ているだけで幸せな気持ちになります。
そして、たぶんこれからも着続けると思います。
まとめ

ということで今週は、『なぜ人は革ジャンに惹かれるのか』というテーマについて、自分なりに考えてみました。
革ジャンには、時間軸があります。
着れば着るほど、自分だけの一着になっていく。
ブランドの歴史やデザイナーの思想だけではなく、自分自身の思い出まで重なっていく。
だから、ただの洋服ではなくなっていくのかもしれません。

とはいえ、結局のところ、なぜこんなに好きなのかは僕にもよく分かりません(笑)
でも、分からないからこそ面白い。
あまり難しく考えず、「革ジャンって、やっぱり良いですよね。」
それくらいの気持ちで、これからも革ジャンを楽しんでいけたらと思います。
今回の記事が、革ジャンが好きな方には「分かる」と共感していただけたり、これから革ジャンを始める方には、その魅力を少しでも感じていただけるきっかけになれば嬉しいです。
それでは今週はこのあたりで。
最後までご覧いただきありがとうございます!
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